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福岡高等裁判所 平成2年(う)299号 判決

本店の所在地

長崎県北高来郡小長井町井崎名七一五番地

株式会社有明商事

(右代者代表取締役 中村一喜)

本籍・住居

長崎県北高来郡小長井町井崎名六一八番地

会社役員

中村一喜

昭和二三年三月六日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成二年七月二五日長崎地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人に両名からそれぞれ控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護士松永保彦提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人株式会社有明商事を罰金三〇〇〇万円に、被告人中村一喜を懲役一年六月に処し、被告人中村一喜に対し、三年間刑執行猶予の言渡をした原判決の量刑は、いずれも不当に重い、というのである。

そこで、原審記録に当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、本件は、被告人株式会社有明商事の代表者である被告人中村一喜が、昭和六〇年六月一日から昭和六三年五月三一日までの三事業年度において、売上の一部除外や架空原材料の仕入れ・架空運賃・架空外注費の計上などの不正な方法により所得を秘匿したうえ、それぞれ虚偽の被告人株式会社有明商事に係る法人税確定申告書を提出し、総額一億〇七六四万一六〇〇円の法人税をほ脱したという事案であるが、ほ脱税額は多額であり、正規の税額からのほ脱率も三事業年度の平均で約六四パーセントと相当に高いこと、犯行の動機は、つまるところ将来の不況に備えて裏金を蓄えるにあつたにすぎず、殊更酌量すべきものでもないこと、所得秘匿の態様は、現金取引による売上を除外したり、融通手形を架空原材料の仕入れ・架空運賃・架空外注費の支払いに当てたように仮装して、交換手形の取立金を簿外にしたりするなどした、悪筆巧妙なものであること、虚偽の確定申告による多額の脱税が、誠実な納税者の納税意欲を減退させるなど、我が国の納税制度にも悪影響を及ぼしかねないこと、被告人株式会社有明商事の三二犯にも及ぶ罰金前科及び被告人中村一喜の五犯の罰金前科からは、被告人両名の法規範軽視の傾向が窺われることなどを併せ考えると、犯情は悪く、被告人両名の刑責は重いといわざるをえず、被告人両名が罪を全て認め、反省していること、被告人株式会社有明商事が、修正申告をして、右脱税額のほか重加算税等を含め、総額一億四八八六万円余を完納していること、本件が報道されたことによる信用の失墜等の、社会的制裁も受けていることなどの、被告人両名のために酌むべき諸事情を考慮に入れてみても、被告人両名に対する原判決の量刑は、いずれも相当と認められるから、これを不当に重いということはできない。論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田一昭 裁判官 森岡安廣 裁判官 林秀文)

控訴趣意書

被告人 株式会社有明商事

被告人 中村一喜

右の者に対する御庁平成二年(う)第二九九号法人税法違反被告事件につき、次の通り控訴趣意書を提出する。

平成二年一〇月八日

右被告人両名

弁護人 松永保彦

福岡高等裁判所第一刑事部 御中

一、刑の量定不当を理由に控訴するものである。

第一審において言渡された判決は、

被告人株式会社有明商事に対し、罰金三〇〇〇万円

被告人中村一喜に対し、懲役一年六月

三年間の執行猶予

というものであつた。

しかし、以下に述べるような情状(一審で取調べた証拠、並びに二審で取調べを請求する証拠)に照らせば、第一審言渡の刑は重きに過ぎると思料する。

よつて、控訴する。

二、株式会社有明商事について

1、被告人会社に対しては罰金三〇〇〇万円が言渡された。

法人税法が、同法違反の事件に対し、代表取締役という自然人を処罰することの外に、その法人そのものにも罰金という刑罰に処する理由は、法人税逋脱行為による利得をその法人に残させないという趣旨と、懲罰、こらしめにあると思料される。

しかし、法人税逋脱による利益を残させない、という趣旨から考えれば、被告人会社は、既に追徴税、延滞税、重加算税等、

一億一六八三万〇六〇〇円

を平成二年一月二三日までに完納したので、不当な利益は全く残つていないこととなる。

懲罰としての罰金額は、その額がその法人の経営規模、今後の経営に与える影響等も十分に考慮してなされるべきだと解する。罰金三〇〇〇万円はあまりにも多額である。

2、被告人会社の敷地である。

長崎県北高来郡小長井町牧名字平原二九六番地一五

一、雑種地 一二二〇m2

は、被告人中村一喜が個人名義で田川徳男から取得し、会社建物を建てていた。

右土地取得に当り、代金その他の金員として、田川に既に金二六一一万三八九九円を支払つていたが、結局この土地売買は、田川徳男の息子田川裕敬(ひろゆき)からだまされて取得した形になり、結局は二重に代金を支払わされる結果となつた。

そのため、被告人会社は、右土地を

平成二年六月二二日

に、金五〇五五万五〇〇〇円で再び買い受けざるを得なかつた。

法人税法違反事件と会社建物の敷地をめぐる民事紛争で、多額の支出を余儀なくされた。

3、被告人会社は採石業を行つている。

その採石を行う山林がこれまでの永年の採石作業により残り少なくなり、改めて採石山林を買い求めざるを得なくなつた。この山林がなければ、会社の業務は中止せざるを得なくなる。

現在、天草石材という所と売買の交渉を行つている。この山林を買い入れるにも金三五〇〇万円位を必要とする。

4、右に述べてきた通り、被告人会社は、

法人税法違反追徴税など 金一億一六八三万〇六〇〇円

田川裕敬にだまし取られた 金二六一一万三八九九円

土地二重払い代金 金五〇五五万五〇〇〇円

採石山林買取予定額 金三五〇〇万円

合計金二億二八四九万九四九九円

という多額の金員をここ数年の間に負担しており、又負担せざるを得ない状況である。

その上に更に、本件

罰金 三〇〇〇万円

が加わると、被告人会社は経営上極めて苦しい立場に追い込まれる。

従つて、右第一審の罰金刑が減刑されることを切望するものである。

三、被告人中村一喜について

1、同人に対しては、懲役一年六月、執行猶予三年の言渡がなされた。

被告人中村一喜は、株式会社有明商事で行つている採石事業からでる砕石の運搬を別会社である、

有限会社 有明運輸

で行つている。中村一喜はこの会社の代表取締役でもあつた。

しかし、一審判決が有罪であつたことから、このまま中村一喜がその代表者である場合には、右会社の運送事業免許を左右する(免許についての欠格事由にあたる)ことになるため、一審判決後である、

平成二年八月二日

に代表者を弟である中村和弥に変えた。営業上、対外的にはまことにまずいことではあるが、致し方がなかつた。

従つて、執行猶予期間が短ければ、その分だけ早く中村一喜が代表者に復帰できることになる。

2、中村一喜は、右の如く有限会社有明運輸の代表者を退かざるを得なくなつたばかりではなく、

イ、起訴された時、一審判決言渡の時と、二度にわたり大きく新聞報道され、テレビで放映されたので、著しく社会的信用を落し、取引上影響を受けている。

ロ、本件事件で取引先の多くに捜査員が訪れ、長時間にわたり取り調べを受け、関係帳簿を調べられた。また、株式会社有明商事の従業員についても同様であつた。多大の迷惑を及ぼしたと深く反省している。

3、被告人中村一喜は、前述の如く平成元年、平成二年のこの間に、

本件刑事捜査と

会社建物敷地についての民事訴訟

という大きな事件で、大きな打撃を受けた。

その中から、八〇名の従業員と自己の家族が路頭に迷わないよう、倒産することがないよう懸命に努力している。

一度不渡りを起した苦しみの中から思いついた隠し資産づくりの方法として、今回の法人税法違反を犯してしまつたものではあるが、会社の為と思つたことが逆に会社を苦しい立場に追い込んだことを深く悔いており、反省はきわめて深いものがある。

四、よつて、右の諸情状をおくみとりの上、一審判決を更に減刑して下さるよう切にお願い申し上げます。

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